季節をめぐるお菓子

里の季節感 イラスト

春のコラム

里の季節感

近江の暦は水田が数えてくれます

近江の里の春を真っ先に告げるもの。それは溶けかけた雪の下から顔を出す福寿草。小川のほとりに茂るセリ。いつの間にかあちこちに頭をもたげるフキノトウもそのひとつです。育ちすぎないうちに摘んできて、ふきを作ったり天ぷらにしたり、味噌汁に刻み入れたり。いろいろ工夫しても食べきれないほどでした。

フキノトウに続いてワラビ、ゼンマイ、ノビル、ミズ、タラの芽、コゴミ、ウルイ……山菜はどれも、冬のあいだ身体に残っていたよどみを排出する力があると言われています。今ではハウス栽培の山菜が重宝されるようになりましたが、かつて人々は春が与えてくれる恵みを競って採りに出かけたものでした。

日差しが強くなり、稲を刈り取った後に根元から伸びてくるひこばえがいっそう生き生きとする頃、田起こしの準備が忙しくなります。近江は古来稲作の盛んだった地域。一年は稲作を中心に動いていました。機械化が進んでいない時代は2月になるとすきくわの手入れをする鍛冶屋が忙しくなったものだとか。牛馬に助けを借りなくなった今でも、農家が気忙しくなることに変わりはありません。山からは「ケキョ、ケキョ」とまだ下手なウグイスの鳴き声が聴こえ、思わず耳を傾けます。梅の花が咲く頃、田んぼ一面に可憐な花を咲かせるのがタネツケバナ。この花が咲くと種籾たねもみを水に浸して苗代作りの準備をするのも大切な仕事でした。

3月ともなれば、畦道あぜみちには土筆つくしがたくさん伸びてきます。幼い頃たくさん土筆を摘んで帰り、おひたしや佃煮を作る手伝いをした人も多いのではないでしょうか。レンゲ、タンポポ、スミレと彩りが豊かになるのもこの時期です。農家の人たちがせっせと田起こしに励む頃、西にしではよしきが行われます。乾燥した葭があげる炎が土を舐めていくうちに熱で土中の病害虫が退治され、灰は肥料となって次の葭を丈高く育てるのです。

桜の〈さ〉は
里の神様だったかもしれません

やがて里にも桜の便りが届きます。豪華に咲き誇るソメイヨシノ、八幡山にひっそりと咲くヤマザクラ。それぞれの風情がありますが、ヤマザクラの散り始めに合わせるように一斉に芽吹く木々の美しさはなんとも言えません。柔らかで煙るような若緑色が毎日濃くなっていくさまに、季節を惜しむ気持ちが湧き上がります。

田んぼになみなみと水が張られると、春が一気に進みます。鏡のように水が映す青い空や里山の景色はこの季節だけのもの。近江に満ちる水の匂いに、日本が雨多く水の豊かな〈豊葦原とよあしはらみずくに〉であることを思い出すのです。

5月は田植えが真っ盛り。今では田植え機を使いますが、以前はたくさんの人手がないとできない作業でした。農家の人たちは助け合いながら一軒ずつ田植えをしていき、集落の田植えが終わるまで忙しい日々を過ごします。お茶を飲んで一休みする時間、そしてお昼ごはんの時間。畦道に腰を下ろし、その家が用意したお弁当やおやつを広げてにぎやかに過ごす光景があちこちで見られたものです。何種類ものおかずにたくさんのおにぎり、自家製の漬け物。時にはヨモギを摘んで作った手製の草餅や牡丹餅など、季節のお菓子をご馳走になるのも働く人たちの楽しみでした。甘いあんこはすぐに身体の力に変わるので、きつい農作業の助けとなるのです。

藍染の着物にモンペ姿でお揃いの笠を被り、腰をかがめて苗を植えて行く乙女おとめたちの姿は、しばしば日本画の画題にもなっています。実際には体力を使うきつい仕事でしたから、田植えが終わると人々は〈さなぶり〉と呼ばれる宴会をし、揃って温泉へと湯治へ行って疲れを癒やしました。自炊をしながら一日に何度もお湯につかって酷使した身体を休め、その後の草取りなどの作業に備えるのです。今でも〈さなぶり〉や湯治の習慣を残す地域は少なくないでしょう。

今ではイネの種類が豊富になり、田植えの時期も長くなりましたが、古くは主に旧暦5月が田植えのシーズンだったといわれています。5月の異称である〈つき〉の〈さ〉と〈なえ〉〈早乙女〉〈サクラ〉の〈さ〉は同じ〈田の神様〉を意味していたという説があります。〈さなぶり〉の〈さ〉も同じ語源かもしれません。中でも〈サクラ〉とは〈さ〉と〈くら〉が合体した言葉で「神様がいらっしゃる場所」という意味があるとか。満開のサクラを目印に神様が降りてこられることを想像すると、心が浮き立つようです。

〈里〉を象徴するのは
数々のお祭りです

田植えが終わり、早苗が風に
揺れている光景は
春の一瞬を切り取ったような美しさがあります。しかしその美しさはすぐに旺盛な繁殖力にとって代わられ、今度は青々とした田が近江の里に満ちるのです。秋の刈り取りまで田んぼは表情を変えながら近江の里を彩っていきます。

〈米〉という字は〈八十八〉に分解できる、それくらい手をかけないといけないのが稲作だといわれます。田植え機やトラクターを使うようになっても、稲作は収穫までの期間も長く、楽な仕事ではありません。それだけに人々は力を合わせ、農作業の区切りに合わせてさまざまな神事やお祭りをとり行なってきたのです。たとえば八幡宮の〈義長ぎちょうまつり〉や〈八幡まつり〉に代表される火祭りは、稲作の盛んな地域らしく五穀豊穣を願う、里を象徴するお祭りといえましょう。

たねやでは、近江の春に呼応するようにさまざまなお菓子をお届けしてきました。特に永源寺の自社農園で栽培する無農薬のヨモギは、〈草もち〉や〈たねや饅頭 よもぎ〉〈近江ひら餅 よもぎ餅〉に加工されています。さわやかな苦味と甘いあんこの取り合わせはまさに春の恵み。古来、近江の季節を日常に取り入れてきた人々のいとなみは、形を変えてたねやにも受け継がれているのです。