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メッセージ

たねやグループCEO
株式会社たねや 代表取締役社長
山本昌仁
株式会社たねや 代表取締役社長 山本昌仁

自然に学びながら変革し、次の時代へ。子供たちがこの近江八幡に生まれて良かったと思えることを、今やりたい。

山本昌仁のサイン

お菓子屋の道

地域があり、原材料をつくる産地があり、きれいな水があり、
それらをつなぐ心がしっかりしていることが最も大事

たねやには、社員のために「商いの心得」を説いた『末廣正統苑』という冊子があります。その冒頭に「道」と書いてあります。お菓子屋の道というのは売り買いだけのことではありません。売り買いは結果であって、それが成り立つために、地域があり、原材料をつくる産地があり、きれいな水があり、それらをつなぐ心がしっかりしていることが最も大事です。地域で一緒に生きていくためには、お菓子屋の本業以外のところで協力していかないといけません。この地域で商売をさせてもらっているのもこの地域の方々のおかげ。もっと言えば、神様のおかげです。

お菓子屋としての成り立ちを考えると、原材料が入って来なかったら商売ができないわけです。小豆が手に入らない、米が手に入らない、あるいは水が悪くなったら、お菓子屋を続けていくことはできません。本質的に、自然と共に生きていく商売なのです。

『末廣正統苑』

それで農園をつくり、原材料管理室をつくりました。つくっている人の気持ちは座っているだけではわかりません。現場に行き人や素材と触れあうことで、心と心のつながりをもって農家の方々と協力しあえるようになります。

菜園

たねやのあたりまえ

あたりまえのことをあたりまえのようにやり続けていく。
「本質」こそが「本物」の社会を築き上げていくものだと
信じて仕事をしています。

最近、言葉がおかしくなっていると思います。感覚的に「いいな」と思う言葉を、よく考えもせず使うことが多くないでしょうか。たとえば「地産地消」。これはすごい言葉でもなんでもない、あたりまえでしょうって思いませんか。地域でつくったものでも農薬がかかったものはたくさんある。そこが問題なのに地産地消だったら何でも良いという風潮はおかしいと思います。ほかにも「自家製」という言葉。自家製じゃなかったら「どこ製」なんでしょう。自分のところでつくるのはあたりまえでしょう?

CSR(企業の社会的責任)という言葉を使うのも大反対しました。社会的な責任を考えて行動するのはあたりまえ、という感覚で物事をやっていかないとおかしなことになります。社会とどう向き合うかということに関しては、この先も、あたりまえのことをあたりまえのようにやり続けていく。「続ける」ということを、たねやは大切にしていきたいと思っています。

小豆を混ぜている様子

そのためには「本物」を知らなければなりません。原材料ひとつとっても、なぜこの小豆は美味しいのか。なぜ風味が違うのか?を問うことが大事です。農作物は、どこでもいいから広い場所でつくったらいい、ということではありません。

現場に行けば、いい作物をつくっているところは一目瞭然でわかります。イタリアでオリーブオイルを仕入れたときも十数社をまわりましたが、いいオリーブをつくっているところはあきらかに姿勢が違います。畑に対する愛着、気持ち、つまり心の部分が全く違います。こだわりがあるかないかというのは、その人の心の持ちようです。雨の日は米がどうなっているか、嵐のときはどうなっているか。こだわっている人は常に気にかけていますが、こだわりがない人は興味が無い。それではお客様に響くものがありません。

なぜ、そこの産地の、その農家と提携したか、ということを掘り下げていくことが本質的だと思うし、「本質」こそが「本物」の社会を築き上げていくものだと信じて仕事をしています。

男性2人が畑で話している様子

お菓子屋として大切なこと

「どういう場面で、どういう風に食べていただけたか、どういうご意見をもらったか」
ということがちゃんと“つくる人”まで伝わらないといけません。
それがいま、たねやが最も力を入れなければならないところです。

お菓子には夢があります。ただ食べて美味しいということだけでなく、そこに物語ができあがっていく。ひとつのケーキがあって、そこにろうそくを立てたらシーンが生まれてきます。会話が出てきて、感動があったり、涙があったり、喜怒哀楽が出てくる。そして暮らしができあがっていく。だから、夢があるお菓子をつくろうと言っています。

たねやでは毎年3月の左義長まつりで竹羊羹の販売をします。製造から販売までを担当して、完売したら泣きだす者もいます。みんなでつくってみんなで売るからこそ、そのお菓子を買ってくれた人に、感謝の気持ちが沸き上がり、自然と握手を求めにいったりするんです。その気持ちを絶対に忘れないようにして欲しいのです。

小さなお菓子屋さんだと、自分でつくって自分で売るというのがあたりまえのことですが、会社が大きくなるとあたりまえではなくなります。どうしても、つくる人、売る人、その中間にいる人、と分かれてくる。そしたら、つくる人は食べる人の気持ちを考えないで自己満足で終わってしまうんです。どういう場面で、どういう風に食べていただけたか、どういうご意見をもらったか、ということがちゃんとつくる人まで伝わらないといけません。それがいま、たねやが最も力を入れなければならないところです。

歴史に学ぶ・自然に学ぶ

美味しいものであれば、境界を引かないで追求していく。
「歴史に学び、自然に学ぶ」ことを通じて、近江ならではの価値を生まれ変わらせたい。

和菓子と言えば日本のお菓子のことですが、洋菓子と言ったら漠然と世界全体のお菓子を言います。美味しいものであれば、和・洋といった境界を引くのではなく、ロシアのお菓子を「たねや」でつくったらこうなる、パリのマカロンならこうするという提案をしていきたい。「たねやならこうする」ということを、とことん追求していきたいのです。

これがラ コリーナの構想にもつながっています。できあがる施設は、近江八幡の街並みとは違うものです。でも10年たったら、それが八幡のものになる。これまでの歴史をそのまま持ってくるのではなく、新たにつくり出していくという気持ちで取り組んでいきたいと思っています。そこには見た目ではなく、近江八幡の精神が入っていたらいいのだと思います。

近江は“一番”ということを大事にします。便利という観点なら東京が一番ということになりますが、東京を追いかけても仕方がありません。近江八幡を案内した海外の人からは「街並みがすばらしい」、「安心して住める、コミュニティのつながりが素晴らしい」などと言われます。こういうシンプルな価値を掘り起こしていけるのが近江八幡の良さだと思います。

自然に学ぶことを通じて、社会システムを変えていく。これが最近思っていることです。自然の力は見事です。例えば、カタツムリは自分の殻をなんの力も使わずきれいにできますが、人間は石鹸を使ったり、高圧洗浄を使ったり、掃除にものすごいエネルギーを使います。生きものの仕組みというのは、ほんとうによく考えられています。ラ コリーナ構想の中にも自然に学ぶ視点をどんどん取り入れて行きたい。変革していくことは、反対意見の方もいますし、なかなか難しい。でもこの考えを突き詰めていかないと、次の時代はやってこないと思って、「アスクネイチャー・ジャパン」というNPOで、一市民としても取り組んでいます。

そして未来を考えれば考えるほど、歴史をしっかり踏みしめて前を向かなければならないと思います。たねやも材木屋からスタートして、3回目のお菓子屋でやっと成功して今に続いています。150年の歴史のなかで失敗を重ねてきているから今日があるのです。従業員が一人になった時代もあったし、大きな失敗をして社告を出したこともありました。振り返るといろんな失敗があります。そういう歴史に学んで、それを乗り越える方法を学んでいかないといけません。

近江八幡は、残念ながら古くさいという価値観で終わってしまっているのが現状です。今あらためて「歴史に学び、自然に学ぶ」ことを通じて、近江ならではの価値を生まれ変わらせたいと考えています。

女性、健康、そして子どもたち

子どもたちが、この近江八幡に生まれて良かったと思えることを、今やりたい。
そう考えたら、やりたいことがどんどん出てくるようになりました。

今の時代は、男性よりも女性のほうが、がんばっています。女性は子どもの面倒は絶対に見るけれど、男はけっこう勝手です。女性は仕事を終えて家に帰ってからも家の仕事をしますが、男は帰っても居場所がないから残業したりしてね(笑)。そんななかで女性がちゃんと働けるわけがないですよ。「女性が働ける職場」という言葉自体、男性側からの目線ではないでしょうか。そのためには、仕事の仕方を変えていけばいいと思います。会社に来なくてもPCで仕事ができるし、方法はいろいろあると思っています。

それと従業員が全員健康であるということ。これから高齢化になったら、医療費がかかるけれど、年金はもう破綻しつつある。だったら、そもそも病気にならない身体になったらいい。そのために健康になるお菓子の開発をしています。一方で、たねやの従業員がみんな健康だったら、このお菓子を食べたら健康になるんだ、ということがお客さんにも伝わると思います。私は寝たきり老人じゃなくて「動いたっきり老人」をつくりたいと思っています。定年を60歳から65歳にするとかではなくて、ずっと一緒に働いていけるようにすれば、少しは少子高齢化問題にも貢献できると思っています。

子どもたちのためには、森の保育園をラ コリーナにつくりたいと思っています。建物はつくらずに、森をそのまま使った保育園です。雨のときは濡れる、寒いときは寒いとわかる学校をやりたい。もともとはドイツで始まった幼児保育の考えです。土を触ったり葉っぱを使って絵を描いてみたり、外でのびのびと遊べるような、そんな場所にしていきたいと思っています。

自分がいつか死んだときに、残された子どもたちが、この近江八幡に生まれて良かったと思えることを、今やりたいのです。そう考えたら、やりたいことがどんどん出てくるようになりました。ラ コリーナでは、どんぐりプロジェクトや竹プロジェクト、川プロジェクトなど、新しいプロジェクトが次々に生まれてきています。