季節をめぐるお菓子

いもち送りと大祓 イラスト

夏のコラム

いもち送りと
大祓

病虫害消除は農家の切実な願いでした

古来、稲作で恐れられてきたのは台風などの嵐と病虫害でした。現代では病虫害にはさまざまな対策が取れるようになったものの、昔はウンカの大発生やいもち病などの蔓延が飢饉をもたらすほどの大災害となったのです。それは近江でも例外ではありませんでした。病虫害を少しでも減らすことは、農民にとっては〈祈り〉に等しいものでした。稲作を中心に発展してきた近江では、今もその〈祈り〉を受け継いでいます。

近江八幡市きた田町だちょうにある大嶋おおしま神社・おくしま神社の宮司であるふか武臣たけおみさんは、幼い頃に自宅の苗代へ行き、物差しで苗を押さえてみてウンカの卵が産み付けられていたら、すぐにその苗を引き抜くのが仕事だったそうです。小さな羽虫であるウンカはたびたび大発生し、空を覆うほどでした。近年でもウンカの大発生がまったくなくなったわけではなく、発生を予測して早めに刈り取りをしても間に合わなかったと嘆く農家の姿がたびたび報道されます。大切に育てた稲がウンカの大群に食い尽くされてしまうのですから、その恐怖は想像するに余りあります。

いもち病の発生もしばしばニュースになってきました。いもち病は病菌が稲の水滴について発生する病気。低温や長雨が続くと発芽した菌糸が毒素を出し、稲の細胞を侵して葉や穂を破壊してしまいます。最悪の場合、稲が枯れてしまうこともあるほどです。特に天候不順の年には稲作農家にとって頭の痛い問題となります。病虫害消除の神事が全国で行われてきた背景には切実な農家の願いがあったのです。

〈いもち送り〉の
神事に
祈りを込めます

大嶋神社・奥津嶋神社では、
田植えが終わった頃、氏子たちによって〈いもち送り〉が行われてきました。しかし高度成長期の昭和42〜43年頃、この行事が途絶えてしまいます。そのことをかねがね深井さんは残念に思ってきました。昭和55年、新聞記者から「どこかに珍しいお祭りはないやろか?」と質問された際、これを機会に氏子たちと相談の上で復活したいと考えたのが〈いもち送り〉でした。

〈いもち送り〉では〈義長ぎちょうまつり〉や〈八幡まつり〉など松明たいまつを使うお祭りの多い近江八幡らしく、小さな松明が使われます。まず、農家の人たちが2メートル50センチほどの松明を竹と稲わらで作ります。竹は里山の竹藪から、稲わらは自分たちの田んぼからとっておいたもの。稲作文化の土地柄を感じさせる松明です。

午後7時、祝詞のりとがあげられ、本殿に拝礼したのちに神様からのお下がりであるおとスルメをいただきます。その後松明に火を放ち、提灯ちょうちんを下げて真っ暗な畦道あぜみちを歩いていきます。月のない夜などは遠くからでも松明と提灯が揺れているのが見え、そこだけはどこか遠い時代とつながっているようです。

この松明には〈病気を集める〉という意味があるとか。一行が長命寺川の上流から円山、白王、島、北津田、中之庄へと下っていくのは、松明に集めた病気を下流に向けて流すためです。このようなことも、行事を通じて若い世代に語り継いでいくべき大切な伝統でしょう。確かに昔のような病虫害の被害は少なくなったのかもしれません。しかし近年多発する大災害を見ても、自然の力は決して侮れない。人にできることは人がやる、しかしそれを超えた大きな力に対抗するための〈祈り〉も失ってはならないように思います。

〈大祓〉の茅の輪もみんなで作ります

〈いもち送り〉を終えて1カ月が過ぎると、今度はあちこちで〈大祓おおはらえごしの祓え〉の準備が始まります。〈夏越の祓え〉といえば〈くぐり〉。半年間に溜まったケガレを祓い、残り半年間の無病息災を願う行事で、今でも全国の神社で行われています。

安土町の〈常楽寺〉と呼ばれる地域では、西にしが入江となった〈じょうはま〉で、神社に奉納される〈茅の輪〉に使う材料の刈り取りが行われます。丈の高いのはよし。丈の低い草はこも。参加した人々は手に鎌を持ち、次々に刈り取っていきます。今では多くの神社が専門業者から〈茅の輪〉を買うそうですが、沙沙貴神社では氏子たちが力を合わせて作るのが習い。地元で材料をまかなえることは近江の大きな強みです。さらに神事を大切にする気風も受け継がれているのでしょう。

神社の作業場に材料が運び込まれると、氏子たちは次々に輪型の芯のまわりに葭を束ね、真菰で結んでいきます。長いこと奉納を続けてきた人たちなので作業は手慣れたもの。3時間ほどで立派な〈茅の輪〉が完成しました。青々とした〈茅の輪〉はさわやかな香りを放ち、くぐるだけで半年の間心身に溜まった疲れが癒やされる心地がします。〈茅の輪〉を作る人々の姿は、力を合わせて稲作に取り組んできた農家の歴史をそのまま映しているよう。それぞれが自分の役割を果たしながら、段取りよく、美しく。手際の良さは長年の積み重ねから生まれたものです。その後氏子たちはお祓いを受け、自ら作った茅の輪をくぐって神様に願いを託します。

たねやが本社を置く〈ラ コリーナ近江八幡〉にも田んぼがあります。ささやかな規模ではありますが、社員が力を合わせて無農薬のコメ作りに取り組んでいます。
お菓子の材料はみな農業から生まれるもの。素材を育てる苦労を知り、収穫の喜びを味わうことで、たねやのお菓子作りのルーツを知ることにもつながります。